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Hedgehog diaries #5

幼馴染からラインが来ていた。 「かっこよかったよ!」 何もかもが嬉しかった。 夜風が涼しくて、月と星空が綺麗で。 遠くを走る電車の音や車の音ですら、祝福の音のように聞こえた。 人って単純だ。 予想に反して、帰ってベッドに入るとあっさり眠りに落ちた。 結構疲れてたみたいだ。 7月にもなると、空気はすっかり夏になる。 最高気温は毎日のように30度を超えてくるし、湿度はバカみたいに高い。 空を見ると、真っ青な空の足元に入道雲が座っている。 耳を澄まさなくても、蝉の鳴き声が至る所から飛んでくる。うるさい。 生温い風が弱々しく頬を撫でる。 「暑い・・・」 口に出しても、涼しくなることなんてなかった。 時間は朝の8時20分。学校へ向かう途中。 例えどれだけ暑かろうと、どれだけ寒かろうと授業がある限り、学生は学校へ行かなくてはいけない。 それが学生の運命である。 体から汗が噴き出してくる。 自転車を漕ぐ時に受ける生温い風よりも、自転車を漕いで起きる熱の方が何倍も大きい。 近所の公園の花壇に、大きなひまわりが咲いていた。横目でチラリと眺める。 もし、程よい涼しさの中にいれば一度自転車を止めて、写真を撮っていたかもしれない。 だけど今はそんな余裕はなかった。 ただひたすらに暑い。暑い。 暑い。 心頭滅却火もまた涼し。心頭滅却ってどうやるんだろう。なんとなく頑張ってみる。 心を無に。暑い。暑くない。無に。 無理。どう頑張ったって暑いのは暑いんだ。 去年までは、7月の末くらいまで頑張れば夏休みだった。エアコンの効いた部屋の中で、ゲームをして過ごせる。現代っ子だ。 だけど、今年からはそうはいかない。夏休みは8月の半ばまで来ない。バカじゃないのか。 大体あれじゃん。8月半ばから9月いっぱいって、もう夏じゃないじゃん。 どれだけ文句を言っても、夏休みは来ないし暑さは消えなかった。 汗ばっかりがどんどん増えた。 こういう時に限って、信号に引っかかる。 車に乗った人達が、涼しげな顔で運転しているのが見える。 ちくしょう。俺も乗せてってくれないかな。 もちろん誰も乗せてくれなかった。 教室に入って、バッグからタオルを取り出す。 体全身汗だくで気持ち悪い。どうせ教室の中には男しかいなかったし、シャツを捲って腹やら背中やらまで拭く。 去年までと違って良いこともある。 教室にエアコンがある。ハイテクだ。 ただ、このエアコンもまたくせ者だった。 「ちょっと寒くない?」 「寒いな・・・」 すごく極端だった。 設定温度が27度だとは思えない。 20度くらいに感じる。 リモコンを操作して、設定温度を1度だけ上げる。 5分後。 「あっつぅ・・・」 「だね・・・」 壊れてるんじゃないかこれ。窓を開ける。 「廊下涼しい!」 「本当だすごい!やっぱ自然の力!」 もう訳がわからない。 結局5分もすると暑くなってエアコンをつける。 これの繰り返しだった。 昼休み。さすがにこの暑さだと屋上に行くのはちょっとめんどくさい。 教室でご飯を食べる。 「あれだよね、海行きたい」 「あ、俺花火大会行きたいな」 夏休みじゃなくても夏を楽しむ権利はある。 土日は少し混むけど、そこは我慢だ。 「海行って、あれよ。水着の女の子を見たい」 「俺は浴衣の女の子見たいな。特にうなじ」 夏を楽しむってより、女の子を楽しみたいだけらしい。 お前ら彼女いるじゃん。もしくは彼女もどきが。 「あのなぁ・・・前に言ったけど、恋心と下心は別なんだぜ?」 キメ顔はやめろ。腹立つから。 「いや、俺は別にまだお付き合いはしてないからっ」 こっちはこっちで見ててイライラする。 早くくっつけば良いのに。 そして。 「というわけで、計画よろしくね!」 何故か俺に任せられた。なぜだ。 「とは言ってもなぁ・・・」 毎年花火大会は幼馴染と一緒に行っていた。まあ、3日続けてやってるから、2回行けば良いかな。 あ。 「今年の花火大会さ、こっち男2人連れてくからそっちも友達2人連れてきてくれない?」 LINEを送っておく。 すぐに返事が来た。何を言いたいか察してくれたらしい。 「分かったよー!2人に伝えといて良い?」 「大丈夫!こっちの男には、秘密にしといてもらって」 ひひひ、とやらしく笑うスタンプが送られてくる。理解が早くて助かる。 「それじゃ、来週の火曜予定で」 「はーい」 これで下準備は整った。横に座ってるリョーマに声をかける。 「なぁ」 「ん?」 「花火大会。来週の火曜な」 「うおぉ・・・楽しみ・・・!」 楽しみだ。 誰も問題なく、予定通り火曜日に花火大会に行くことになった。 集合場所も全部俺が手配してやる。 会場の最寄り駅の向かいの駐車場。 女性陣には少しだけ離れた位置にしてもらった。 「やあやあやあ」 メイクイーンが先に来た。楽しそうに笑っている。 「今さ、ちらっとすげースタイルの良いおねーさまがいてさ!やっぱ浴衣良いな!」 メイクイーンは相変わらずメイクイーンだ。 ブレがない。 「多分みーちゃんと同じくらいのスタイルの良さだったね、こりゃ期待が持てるぜ」 少し遅れて、リョーマが来る。 「ういー」 甚平姿。様になってる。かっこいい。 「先週ドンキ行ったら2000円で売ってて衝動買いしちゃった」 「マジかやっす」 甚平ってそんなに安いのか。浴衣とかすごい高いじゃん。ちょっとびっくりする。 「んで、今日実は幼馴染も友達と花火大会行く予定だったらしくて」 「うん?」 「どうせなら、合流しようかなーって。良い?」 「おうおう興味ないよー、みたいな顔しといてなかなかにやるじゃないの」 「み、みーさんに・・・バレないよな・・・?」 リョーマは完全に尻に敷かれてた。 「付き合ってないならそんな心配も要らないんじゃないの?」 「いや、ほら・・・」 「まあ、きっと大丈夫だよ。うん」 ウッキウキのメイクイーンと戸惑うリョーマを連れて、女性陣の集合場所に向かう。 「可愛い子だったらいいな!」 「多分皆良い線いってると思うよ。幼馴染に手出したら縁切る」 「・・・付き合ってんの?」 「・・・いや、付き合ってないけど」 「気持ちははっきり伝えてやんないとダメだぞー?」 リョーマには言われたくない。 「あ、いたいた」 「あ!あの紫の浴衣の子だよ!俺がさっき言ってたみーちゃん似のスーパーぼ・・・でぃ・・・」 「あれ・・・みーさんじゃん」 「あと、隣にいるのはゆーちゃんだね」 「・・・」 そこまでショックだったんだろうか。 メイクイーンが何も喋らなくなる。 リョーマは逆にちょっと嬉しそうだった。 誘う勇気がなかっただけだったのかもしれない。 「あ、きたきたー」 「ほいほいー」 一応、各自でご挨拶。合コンみたいだ。 行ったことないけどね。 「で、どうですか。浴衣シスターズ」 3人とも浴衣を着てきていた。 幼馴染の浴衣姿は毎年見ているけど、それでもやっぱり似合ってて綺麗だ。 他の2人も似合ってる。 「名前以外はすごい良いと思うよ」 ゆーちゃんもみーちゃんの口数がすごい少ない。いつもと違って、しおらしいっていうか。 まあみーちゃんとは話したことはないから、正確にはゆーちゃんが、だけど。 そうなると、自然と俺と幼馴染の会話+4人みたいになる。微妙にやりづらい。 もっと喋れ。 「あのさ・・・謙也くん」 俺の祈りが通じたのか、ゆーちゃんが口を開く。 「あいつ謙也って名前だったの?」 「俺も初めて知った」 リョーマと小声で囁き合う。 4ヶ月目にして初めて下の名前を知った。 「ん、どしたん?」 「あたし、浴衣、変じゃない?」 メイクイーンがにっこりと笑う。 「大丈夫、似合ってるよ」 「本当!?よかったー・・・」 「うん、可愛いよ」 ・・・なんだこれ。 甘々なラブコメが目の前で繰り広げられてる。 口から砂糖吐きそう。 「あついね・・・」 「うん・・・あっつあつだね・・・」 熱々コンビはそのまま、2人でふらふらと行ってしまった。 1番不満そうだったくせに1番満喫してやがる。 「じゃあ、俺たちも行こうか・・・」 「そだね・・・」 4人で屋台を見て歩く。 お祭り会場の道路には、沢山の屋台が出ていた。その間を、これまた沢山の人がぞろぞろと歩く。 騒がしい人の声。客寄せ。喧騒。 甘い香りがしたかと思えば、安っぽいソースの。さらに歩くと、焼き鳥のタレの甘じょっぱい匂い。 陽はとっくに沈んでるのに、ここは昼間の様に明るい。 こういう縁日独特の空気感は好きだ。 高揚感。特別な日、って感じがする。 「まあでも、あれだよ。ゆーちゃんは今日こそ告白するー、って言ってたし。ちょうど良いかもね」 綿菓子を食べながら幼馴染が呟く。 「え、あれでまだ付き合ってないの」 「あの子、あれで結構奥手なとこありますからね」 みーちゃんとは今日初めて話したけど、丁寧な口調で話す。 距離を置かれているのかと思ったけど、幼馴染やリョーマに対してもそうだった。 普段からそんな感じらしい。 「というかメイクイーンが意外と上手なんだよなぁ」 リョーマの正直な感想。 意外と、というのは少し可哀想だけど確かに意外だった。 なんて言うか、慣れてる感じ。 「わ、悪い人ではないんですよね?女ったらしだったりとか・・・」 「大丈夫だよ!良いやつだし、そんなことない・・・はず」 不安そうな表情。 だって、あそこまでだとは思ってなかったんだもん。 「ま、大丈夫だよー」 のほほんとした幼馴染の声。 何の根拠もないんだろうけど、安心感を与えてくれる。 「ゆーちゃんだって、別にバカじゃないだろうし」 まあ、ここで話しても何にもならないし。 お祭りの屋台って、微妙にコーナーが分けられてる様な気がする。 ベビーカステラが山ほどあるかと思えば、急に射的とか、ピンボールとかが立ち並ぶ。 そういう時に限ってカステラが食べたくなったり。 ただ、今日はそんなことはなかった。 「あ、あのゲーム欲しい」 射的の屋台の前。幼馴染が呟く。 「あれ、前まで持ってたんですけど壊れちゃったんですよね・・・」 ほほう。 「リョーマ」 「ん?」 「2000円で勝負だ」 言いたいことを察したのか、ニヤリと笑う。 「良いけど、俺は強えぞ?」 「いいよ、別にそんなお金いっぱい使ってやらなくてもー・・・自分で落とすもん」 不安そうな幼馴染の顔。 「甘いよ、幼馴染・・・1回で落とせばいい話っ」 まずは屋台のおじさんに500円ずつ払う。 「あんちゃんら・・・頑張りなよ」 おじさんから銃を受け取る。ずっしりと重い。 「いざ!」 「いくぜ!」 10分後。幼馴染の腕の中には欲しがっていたゲームがあった。嬉しそうにを鼻歌を歌っている。 横を歩くみーちゃんの手にも、同じゲーム。 一緒に遊べますね!と笑っていた。 そして少し後ろを俺とリョーマが歩く。 「・・・500円でゲーム2つ落とすって」 「あいつ・・・昔から上手いんだよ射的」 「俺たちの4000円は・・・」 結局、俺たちは2000円使って1つも落とすことは出来なかった。 おじさんが豪快に笑っていたのを覚えている。 「それじゃ、私頑張るね!」 幼馴染が500円払う。 5発でゲームを2つ落として、みーちゃんに分ける。 俺以外、皆ポカンとしていた。おじさんは少し引き攣ってたかもしれない。 「あれ・・・商売上がったりだろうな」 「昔出禁食らったんだぜ」 「マジか」 「マジで」 早くー、と幼馴染に呼ばれる。 結構距離が開いていた。 慌てて駆け寄ろうとした時に、音。 夜空に花が咲く。 「おおー綺麗ー」 「綺麗ーじゃないよ!早くー!」 ここから見ても綺麗だけど、せっかくならもっと良いところで見たい。 「こっち!」 前を歩く幼馴染が、人の波から外れる。 昔一緒に来た時に見つけた、秘密の場所。 民家の間の急勾配の階段を登る。 息が切れる。急に視界が開けて、階段が終わる。 その先には。 「おおー・・・」 さっきまでとは違って、ここは暗かった。 夜空の星がよりはっきりと浮かび上がる。 下を見ると、人の波がうねっているのが見えた。喧騒が遠く聞こえる。 耳をつんざくような音と共に花火が上がる。 ここからだと、遮るものがないからとても綺麗に見えた。 4人で地べたに腰掛けて、静かに花火を眺める。 「綺麗だね・・・」 「うん・・・」 ゆっくりとした時間が流れる。 全てがスローモーションのように感じる。 1秒1秒が引き伸ばされてるような。 花火が一つ、また一つと咲いては落ちていくのがはっきりと分かる。 なのに、あっという間に終わってしまった。 最後に、今までで1番大きな花火が咲いて、初日の花火は終わった。 街の方でアナウンスが流れているのが小さく聞こえた。 「帰ろっか」 「うん」 そう言ったものの、誰も動こうとはしない。 理由なんて特にないけど、なんとなく動きたくなかった。 しばらく、静寂が続いて。 もう一回。 「帰ろう」 「・・・うん」 ゆっくりと立ち上がって、階段を降りる。 この気持ちは何なんだろう。 切なさに、心を締め付けられる。 ゆっくりと、4人で並んで歩き続ける。 花火も終わって、ほとんどの屋台が店仕舞いを終えていた。 行く時と違って、暗い道。 人も、さっきよりもずっと静かだ。 祭りの後の静寂。 物寂しい雰囲気。 「また来年も、皆で来よう」 「その時は、あいつらも一緒にあそこ行こう」 「そだね」 そのまま、集合場所に着く。 いちゃつくカップルがいた。 メイクイーンとゆーちゃんだ。 「お、遅かったな」 「うっせ女ったらし」 「ゆーちゃんどうだったの?」 幼馴染がどストレートに聞く。 いや、まあ多分見たとおりなんだろうけど。 「大丈夫だったよ・・・」 顔が真っ赤だ。メイクイーンも恥ずかしいのか、微妙に目をそらす。

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